【標津町】北方領土館(No.029)

※このページは約6分で読めるかも知れません。

 色々と更新のペースが遅くなっている為、施設の情報とか施設の概要のみご案内している場合があります。詳しくはお知らせをご覧下さい。

 博物館とか資料館とか記念館とか巡りが大好きな中の人がお送りする、地元北海道内の博物館とか行ったメモ。
 第二十九回目は「標津(しべつ)町北方領土館」です。

 今月は2月。2月には「北方領土の日」があります。2月には「北方領土の日」があります。

 そんな訳で、この「資料のはらわた」では、前回の「根室市北方領土資料館(No.028)」と今回に続いて北方領土関連の資料館をお送りします。そして北方領土問題に関しては以下のページをご覧下さい。

施設情報

施設名:標津町北方領土館
場所:〒086-1632 北海道標津郡標津町北2条東1丁目1−14
URL:https://www.shibetsutown.jp/shisetsu/art_culture/hopporyodo/
休館日:月曜日
開館時間:9:00~16:00(冬期は15:00まで)
料金:無料

施設概略

 ぱっと見ると本施設には駐車場が無いんですけど、正面から見て左側に駐車場があります。そこにラーメン屋さんがありまして、その店舗と共用との事です。

  • 1Fは主に当時の写真パネルが展示されています。
  • 2Fは各種資料が展示されており、北方領土が見える展望室もあります。

1F・展示ホール

 1Fは主に写真パネルが展示されています。ビザ無し交流の模様や、昭和20年(1945年)当時の生活の様子が展示されていました。

 何故か寄贈された白孔雀の剥製がありました。いや、すげー綺麗なんですけど関連性が行方不明です。
 ※参考動画

 いつ頃に作られた歌なのか不明ですが、欲しがりません勝つまでは、みたいな感じなので戦後間もない頃なんでしょうかね。

 2Fに向かう階段の踊り場には標津町の情報パネルで、気分的に一休み。

2F・展示ホール

 2Fでは北方領土関係の資料や成り立ちが展示されています。

 1635年には既に松前藩が調査を行っており、1644年には江戸幕府公認の地図に国後と択捉と得撫(うるっぷ)が記載されているとの事。それに遅れる事、1766年に得撫島にロシア人が上陸したんですけど島民に追い払われたとの事。つまり、この頃から日本が実効支配していたのでしょうね。そうなると300年どころかもっと古くからになりますかね。

 北方領土の模型です。手前のボタンには各地の名前があり、想像通りボタンを押すとその位置が光ります。皆さんの為に余さず押しておきましたよ!

 何でか国後島のみフューチャーされていますが、概ね北方領土に生息する動植物です。

 パネルのコーナーです。北方領土の歴史的経緯とその正当性、自然と産業についてが写真等で纏められています。

宣言・協定・条約

 「カイロ宣言」「ヤルタ協定」「ポツダム宣言」「サンフランシスコ平和条約」「日ソ共同宣言」の内容を判り易く纏めています。ロシア語でも書いておけば良いのに・・・。

 念の為に載せておきますね。個人的には下田条約から載せて頂きたく・・・。

 展望台からは漁港越しに海が見えます。標津は国後(くなしり)島に一番近い町でして、双眼鏡で北方領土を眺めてみましたがやっぱり近くて遠いですね。はよ返せよ(^o^)/

「標津町・北方領土館」のまとめ

  • 早く返せ。

 これはどのタイミングで利用すれば良いのか・・・。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

three × 1 =