【厚岸町】海事記念館(No.033)

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 色々と更新のペースが遅くなっている為、施設の情報とか施設の概要のみご案内している場合があります。詳しくはお知らせをご覧下さい。

 博物館とか資料館とか記念館とか巡りが大好きな中の人がお送りする、地元北海道内の博物館とか行ったメモ。
 第三十三回目は「厚岸(あっけし)町海事記念館」です。

施設情報

施設名:厚岸町海事記念館
場所:〒088-1151 北海道厚岸郡厚岸町真栄3丁目4
URL:http://edu.town.akkeshi.hokkaido.jp/kaiji/
休館日:月曜日・祝日の翌日
開館時間:9:00~17:00
料金:210円

施設概略

 近くを通る度に気になっていた記念館です。厚岸町は漁業の町ですので、本記念館はそれらに関する内容になっています。2Fではプラネタリウムもあるそうですが、例によって中の人は興味無いので見ていません。だってぐっすりと寝ちゃうんだもん(ざわ・・・ざわ・・・)。

  • 1Fはホールと海事記念館の展示です。
  • 2Fはプラネタリウムと友好都市の展示になっています。

 建物は館内は船の舳先(へさき)みたいな形になっていますが、入館すると展示品がみっちりとあるので形状を余り体感出来ません。そして「記念館」となっていますが個人的には「資料館」の様な・・・。

エントランスホール

 広々としたエントランスホールです。一応、船の仕組みのコーナーになってはいますが、主にエンジンが展示されています。

 小型のエンジンが展示されており、反対側には大型のエンジンも展示されています。

 動くカットモデルです。どの様に動力が発生するのかが解ります。

 昭和53年に製造された19tの小型漁船の操舵室との事です。

 ちゃんと中に入れます。入った途端にセンサーで感知されて船の音が流れてちょっとびっくりします。

 無線機・レーダー・魚群探知機・コンパス等々の機材がそのままあります。動作はしませんけどワクワクしますよね。

大黒島

 厚岸町から沖合いに約4km離れた大黒島の概要です。海鳥の繁殖地であり、国の天然記念物であり、北海道の自然公園であり、特別鳥獣保護区でもあります。しかも戦時中は日本軍の基地もあったらしく、特攻艇(震洋)の格納庫も残されているらしいです。何とも盛り沢山な島ですね。
 左側の地球儀っぽいのは海の深さを表す「海深儀」との事で、これを866.7万倍すると地球と同じ大きさになるそうです。なるほどねー(解ってない)。

 巣穴の模型や剥製です。大黒島は現在では無人島との事で、このまま海鳥の楽園だと良いですね。

アッケシソウ

 ぱっと見ると珊瑚に見えますが、極めて耐塩性の強い海岸近くに自生する草らしいです。日本で初めて発見されたのがここ厚岸だったそうで、そこから「アッケシソウ(厚岸草)」と命名されたとの事です。食用らしいんですけど、しょっぱいんじゃないですかね・・・。あと、絶滅する可能性が高いらしく減少傾向にあるそうです。見付けても食べちゃダメ!ゼッタイ!

1F・歴史/鰊漁

 ここから展示室で、先ずは厚岸の歴史から。

 そして北前舟の模型がお出迎え。有名な高田屋嘉兵衛の辰悦丸との事です。

 「アイヌの漁業」のコーナーです。厚岸で出土した丸木舟がどーんと置いてあります。

ニシン漁

 近年のニシン漁のコーナーです。こっちは磯舟がどーんと置いてあります。

 漁法や漁具、加工器械が展示されています。かなり状態の良いニシン釜もあります。

 数の子は美味しいですよね。尚、北海道では古くからニシン漁が盛んで、その利益で御殿が建てられた事から鰊御殿が多数あります。ただ、乱獲等で漁獲量が減少してしまい、今では高価な魚になっています。

1F・姉妹都市/昔の生活用具

 オーストラリアのクラレンス市と厚岸町は姉妹都市でして、クラレンス市の捕鯨船が1850年に遭難した際に救助に当たったのが縁で姉妹都市になったとの事です。

 これがその遭難した捕鯨船・イーモント号の残骸です。大きい木片は船底部らしいです。

 イーモント号の想定復元模型です。1828年にイギリスで製造されたとの事。

 交流の様子です。姉妹都市が調印された1982年にクラレンス市のお偉いさんが来られた為に歓迎レセプションや視察が行われ、その年に発足した「厚岸コアラ会」が中心となって親睦を深めたそうです。厚岸コアラ会・・・。

昔の生活用具

 昔の生活用具のコーナーです。厚岸に限らずですが、鰊漁場の漁村では米が入手し易くて比較的に食生活が恵まれていたんですって。

 ゼニガタアザラシの毛皮が貼られたカバンがありました。暖かそう。

1F・渡し舟/海運/漁船/漁場の変遷

 渡し舟・海運・漁船・漁場のそれぞれの変遷のコーナーです。時代の流れと共に衰退するものがあれば入れ替わったりと諸々。手前の船は渡し舟で、かもめ丸と言う小型船です。

 こっちはフェリーボートの厚岸丸の模型です。129人と大型自動車は3台まで搭載出来たとの事。
 厚岸は、実は厚岸湖で分断されており、陸路で反対側に回るのが大変でした。そこで1972年に厚岸大橋が完成するまで渡し舟やフェリーが活躍したそうです。厚岸大橋は赤くてステキですよ。

 サケの定置網の模型で1/210スケールとの事ですが比較対象が無いので大きさがピンと来ません。恐らく大きいとは思うのですが。

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