【北広島市】エコミュージアムセンター「知新の駅」(No.045)

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 色々と更新のペースが遅くなっている為、施設の情報とか施設の概要のみご案内している場合があります。詳しくはお知らせをご覧下さい。

 博物館とか資料館とか記念館とか巡りが大好きな中の人がお送りする、地元北海道内の博物館とか行ったメモ。
 第四十五回目は「北広島市エコミュージアムセンター・知新の駅」です。

施設情報

施設名:北広島市エコミュージアムセンター「知新の駅」
場所:〒061-1134 北海道北広島市広葉町3丁目1
URL:https://www.city.kitahiroshima.hokkaido.jp/kyoiku/detail/00125373.html
休館日:月曜日
開館時間:9:00~17:00
料金:無料
必要見学時間:40分

施設概略

 本施設は「北広島市広葉交流センター」内にありまして、正面玄関から矢印の通りに進むといつか辿り着きます。元々は小学校でしたが、それを再活用してコミュニティ施設となったそうです。
 尚、2Fから始まって1Fで終わるのですが、外に出る為には再び2Fまで行って1Fまで降りなければならないと言う、歩くのが面倒な中の人には辛い順路です。
  • 「温故知新」から命名された様に、歴史を知って今に生かす為の施設です。
  • 2Fはホール・資料室・北広島郷土史が展示されています。
  • 1Fは自然・生活・産業・文化財・企画展が展示されています。

2F・エントランス

 エントランスを抜けて展示室に向かうまでに、エコミュージアムについての説明パネルがありました。
 「エコミュージアム」とはフランスの博物館学者の人が提唱した、史跡・建造物・産業遺跡を遺産と考え展示や活用を行う「屋根の無い博物館」にする事なんですって。世界各地で差はありますが「遺産は現地保存」「地域密着の博物館」「地域住民の参加」が共通点らしいです。まぁ、町おこしですよね。

 そしてここ北広島のエコミュージアムでは「自然遺産」「歴史遺産」「産業遺産」と大きく3つに分類して展示されているそうです。
 「産業遺産」の「業」は「ぎょう」なのか「わざ」なのか「ごう」なのかによって全く異なる訳ですが、それでも全て含まれるので意味深長ですね・・・。

 ここから展示室に向かうのですが、この廊下は歩きながら地球史が解る様になっています。この道を行けばどうなるものか。迷わず行けよ。行けば解るさ。ダーッ!!
 左側のブースはビジターホールとなっており、北広島市の情報を発信しつつ見晴らしの良い風景が見られます。又、ボランティアの方々によるガイドさんも居るとの事でした(常駐ではないので居ない事もあるらしいです)。

2F・北広島の郷土史

 ここのスペースは北広島市の来歴についての展示でした。元々、ここ北広島はその名前の通り、広島県から移住された方々等によって開拓された場所じゃけぇ「北にある広島」となるけんねー。尚、地元の人間は「きたひろ」と呼んでいます。

 「北広島には三偉人あり」と言う事で、北広島の開拓・発展に尽力した三名を紹介していました。

 「和田郁次郎(わだ・いくじろう)」氏は広島県出身で北海道開拓の為に有志と共に北海道を探索し、現在の北広島市輪厚(わっつ)付近を中心として開墾等を行い、明治27年(1894年)に広島村として月寒(つきさむ)村(現在の札幌市豊平区付近)から独立したそうです。
 その後、ここ北広島だけではなくほかの地域への入植・開墾にも注力したそうです。頑張り屋さん。

 「中山久蔵(なかやま・きゅうぞう)」氏は大阪府出身で寒冷地である北広島での稲作に挑戦して苦労を重ねた結果、北海道で始めて米の栽培に成功して「寒地稲作の父」と呼ばれたそうです。頑張り屋さん。

 北海道を代表するお米には「ななつぼし」「きらら397」「ななつぼし」等々がありますが、その中でも比較的に新しい品種が「ゆめぴりか」です。これが140年も前から連綿と続いた結果なんですね。

 「ウィリアム・スミス・クラーク」氏は日本政府より依頼されて9ヶ月の間だけでしたが札幌農学校(現・北海道大学)の教頭及び数種の科目の教授として赴任された方で、教え子の方々は後に北海道の発展に寄与する事になったそうです。頑張り屋さん。

 世界・日本・北広島・前述の三名の方々の、それぞれの年表がありました。こう言う年表は見易いですよね。

 ここまで長いと読むのも大変ですけど。

 これは「旧島松駅逓所」の模型なんですが、前述の中山久蔵氏の自宅でもあります。現在は国指定の史跡となっており、小規模資料館になっています。ここでクラーク博士が、あの有名な「Boys be ambitious」と言ったとか言わなかったとか。
 因みに駅逓所(えきていしょ)とは補助的な宿場だったり郵便局だったりと、北海道開拓の為の僻地で活躍した施設だと考えて頂ければ8割大丈夫です。

2F・踊り場

 1Fの常設展示室の直前に、工事で使う砂利採取中に何か色々と発見された化石類の展示がありました。

 右は「バイソン」の頭骨部分の化石で、日本で2例目の発見だったそうです。
 左は「キタヒロシマカイギュウ(正式名称:ステラーカイギュウ北広島標本)」と呼ばれる、ジュゴンとかマナティーとかの海洋に生息する草食動物の親戚の肋骨部分との事です。100万年前のステラーカイギュウの化石としては世界で始めて発見されたんですって。因みに、どちらも市指定の文化財との事です。

 キタヒロシマカイギュウの骨格模型のレプリカです。化石から計算したら実際には全長が7mほどの大きさだったそうです。尚、このレプリカは学芸員の方々と市内の子供達が製作したそうで、スタイロフォーム製との事です。リアルですね。

 こちらは生きていた頃の想定復元模型です。かなりおっとりした性格だったらしく、それが原因で乱獲に遭い残念ながら絶滅したそうです。正に草食系ですね・・・。

 こちらは地表に出るのが珍しい、国内でも数箇所しか確認されていない地層の剥ぎ取り標本との事です。正しくは「サンドリッジ成大規模斜交層理の転写標本」と呼ぶみたいです。なるほどねー。さっぱり解らん。
 ところで、ここら辺の展示は「市指定文化財10周年記念ミニ展示」らしいんですけど、これは本当にミニなんですかね・・・。

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