【北斗市】郷土資料館(No.064)

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 色々と更新のペースが遅くなっている為、施設の情報とか施設の概要のみご案内している場合があります。詳しくはお知らせをご覧下さい。

交流スペース

 交流スペースと言うかちょっとした図書館みたくなっています。蔵書は近隣市町村の歴史だったり、道南方面に縁のある方々の本だったり、幕末に関する本だったり。

 こんな感じの書籍が無数にあります。特に幕末好きなら通うレベルです。

 「赤い鳥」とは大正7年(1918年)に創刊された児童向けの童話とか童謡を掲載した雑誌との事で、常設展示室の「北斗市ゆかりの人物」でも紹介されていた方々も寄稿されていたそうです。
 童話の「ごん狐」とか童謡の「赤とんぼ」とか、有名なお話や歌はここが発祥だったんですね・・・。全く知りませんでした。
 ※参考動画(昭和の生まれなので赤い鳥って言うとこっちしか思い浮かばないんですけど)
 ※参考動画(昭和の生まれなので赤とんぼって言うとこっちしか思い浮かばないんですけど)

特別展示室(松前藩戸切地陣屋跡展)

 展示室から交流スペースを抜けると、奥に特別展示室があります。
 来館した時は「松前藩戸切地(へきりち)陣屋跡展」が開催されており、幕末から明治に掛けての大きな時代のうねりの頃の内容でした。

 戸切地陣屋跡の概略や、そこから出土した日用品等々が詳しい説明と共に展示されていました。

 戸切地陣屋とは、本来は海外からの防衛の為に安政2年(1855年)に設計・構築された国内初の西洋式の星型要塞との事で、函館市にある五稜郭の近くの四稜郭とは異なります。大きい形状としては似ているんですけどね。
 ところで、本来は・・・と書きましたが、実際には鳥羽・伏見の戦いから始まる戊辰戦争の中でも最後の戦争である箱館戦争時において、旧幕府軍と新政府軍の戦いの場になったそうです。結局は旧幕府軍に押された守備隊が火を放ち撤退した為、残念ながら現在では建物はありません。

 頭では凡そは理解していたんですけど、年表で書かれるよりもこうやって相関図にして貰えるのは有難いです。それにしても20年間程度でこのイベントの多さよ。

 かなり昔からこの地は松前城の移転候補地に挙げられていたそうです。南北が自然の要害になっており西に崖があって見通しが良く、冬は暖かくて夏は涼しいんですって。最高。
 因みに、アナタヒラ(穴太平)とは現在の野崎地区を指すそうです。

 戸切地陣屋の再現模型です。綺麗な星形をしていますね。
 ここには120~150名程度の関係者が1年交代で守備していたそうです。数えたら蔵や詰所等の建物が17あり、井戸は3つありました。陣屋から外に出ると、大通りには22戸の屋敷もあったそうです。

 こちらは有名な五稜郭の支城である四稜郭です。戸切地陣屋を少し潰した様な形状になっていますね。
 この他にも星型要塞が幾つかあり、構築された順にすると戸切地陣屋→五稜郭→峠下台場→四稜郭・大野口台場となるそうです。

 本施設から車で10分程度の場所に、この戸切地陣屋跡があります。現在は公園になっており、春になると桜並木のトンネルが見られる事で有名です。

 陣屋跡よりも深い地層から、縄文時代の集落が発掘されたそうです。これはその際に発掘された円筒上層(a式~b式)と言う土器との事でした。やっぱり人が選ぶ住み易い場所って、いつの時代でも変わらないんですね。

 昭和54年(1979年)から平成12年(2000年)まで述べ10回の発掘調査が行われたそうで、ここではテーマ別に比較的に小さい発掘品が展示されていました。

 ミニエー銃の派生系であるエンフィールド銃(エンピール銃)の弾丸です。

 縄文時代とかそこら辺の土器類ばっかり見ているので原型を留めていたり殆ど新品みたいなのが多くて違和感がありますけど、それにしても150年以上前ですからね。火災に遭いながらも良く残されていたと思います。

 期間限定の特別展示にするには惜しい内容なんですよね・・・。スペースがあれば常設展示にして頂きたい位の濃い内容でした。

「北斗市・郷土資料館」のまとめ

  • 無理の無いレイアウトで展示品が見易い。
  • 他ではお目に掛かれない興味深い展示品がある。
  • 交流スペースにずーしーほっきーのコーナーがあると良いと思った。そこでグッズ販売するともっと良いと思った。でも公的な場所での物販は色々と面倒なんだろうと思った。

 下郎の皆さんこんにちは!!
 北斗市では「北斗の拳イチゴ味」とコラボしています。普通に美味しかったですよ。サウザーは南斗ですけど。
 ※参考動画

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