【釧路市】阿寒町郷土資料収蔵室(No.071)

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 色々と更新のペースが遅くなっている為、施設の情報とか施設の概要のみご案内している場合があります。詳しくはお知らせをご覧下さい。

 博物館とか資料館とか記念館とか巡りが大好きな中の人がお送りする、地元北海道内の博物館とか行ったメモ。
 第七十一回目は「釧路(くしろ)市阿寒(あかん)町郷土資料収蔵室」です。


 本施設は通常では施錠されており職員の方が不在となっていますので、教育委員会に連絡して観覧予約をする必要があります。詳しくは市のホームページをご覧下さい。
 あと、本施設の様に通常は施錠されていたり予約が必要な施設をご案内する際には、いつも通りのダラダラとした内容でお送り致します。

施設情報

施設名:【釧路市】阿寒町郷土資料収蔵室
場所:〒085-0215 北海道釧路市阿寒町中央3丁目8-22
URL:https://www.city.kushiro.lg.jp/shisetsu/shisetu9400020.html
休館日:土曜日・日曜日・祝祭日他(観覧には予約が必要です)
開館時間:8:50~17:20
料金:無料
必要見学時間:40分

施設概略

 公民館で収蔵資料の一部が期間限定で展示される場合もあるそうですが、どうせなら全部を見たいですよね。それなら予約だ!


  • 開拓に関する展示が産業・衣・食・住と分類されて展示されています。
  • 職員さんの許可があれば触れる展示物もあります。
  • 学生の社会科見学で子供たちがひゃっはーするそうです。大人な中の人もひゃっはーしますけど。

 阿寒町には湧別(ゆうべつ)炭鉱と呼ばれる釧路炭田に内包される一大炭鉱がありましたが、本施設ではそんなに深くは触れられておりませんでした。でも安心して下さい(穿いてます)。近隣には釧路炭田に関する資料館がたくさんあります(釧路市旧太平洋炭礦炭鉱展示館、釧路市白糠町炭田石炭資料室、釧路市音別町郷土資料展示室、釧路市阿寒町炭鉱と鉄道館「雄鶴」、釧路市阿寒町雄別炭礦歴史資料室、浦幌町立博物館)。特に雄別炭礦歴史資料室は充実していますのでお勧めです。
 尚、炭鉱関係は他の施設にもありますが、阿寒町の郷土資料はここにしか展示されておりませんので貴重です。

 ※参考動画

農林業のコーナー

 一番に広い展示室では、開拓時代の頃から近世に掛けて使用された農林業に関する比較的に大型な展示物が多かったです。
 釧路地方は夏でも冷涼で、8月の平均気温が19.6℃。8月の最低記録気温が5.4℃。夏でもストーブが仕舞えない、そんな釧路地方なので稲作のイメージは無かったのですが、元禄2年(1689年)には既に水稲の試作が行われていたそうです。明治45年(1912年)に改めて水稲の試作に着手され、昭和48年(1973年)まで続けられたそうですが、やはり寒さには勝てず現在では水稲は栽培されていないみたいです。が、温暖化で気温が高くなると釧路地方でも再び稲作が普及するかも知れませんね。
 何で水稲の話をしたかとご説明しますと、写真中央の奥にもみ殻とかを分離する唐箕(とうみ)があったので、何で釧路にあるのかなーと思ったからです。

 北海道の各地域は本州からの入植者の方々が開拓した土地が多く、阿寒町も山形県、宮城県、秋田県、富山県、福島県、高知県、徳島県とかから入植されたそうです。開拓するに当たり木々を切り倒して開墾しなければなりませんので、そこから伐採が始まったそうです。その後、炭鉱で使用される為に更に伐採が進み、農業では食べていけない季節(農閑期)では林業で生活されたそうです。又、切り出した木で木炭の生産も盛んだったらしく、昭和17年(1942年)頃にピークを迎え、その頃には270トン/年の生産量があったそうです。
 ここではそれらの林業に関する内容の展示がされていました。

 全部ではないのですが、展示物にはどの様に使用するのかの解り易いイラストも掲示されています。絵心のある職員さんが描いていらっしゃるとの事でしたが、展示物をそのまま置かれても解らない事が多いのでこう言うのは本当に貴重だと思います。
 これは、あん馬を設置中の体操大会の関係者かな?(正解は「たこ足播種(はしゅ)器」と呼ばれる水稲の種を蒔く器械)

 展示室の周囲は壁になっておりますが、その壁の裏側には一般の人間は通常は立ち入り禁止の収蔵コーナーがありました。職員さんがわざわざ扉を開けて見せてくれまして、展示室に展示し切れない収蔵品がたくさんありましたよ。ヤシの実とか。・・・ヤシの実? なんで?

衣・食・住のコーナー

 阿寒町での生活に関する展示コーナーです。一角は民家を再現した感じで展示されています。因みに、このコーナーに限らず展示されている展示物の全ては、実際に阿寒町で使用されていた品々との事でした。

 壁際には阿寒町の誕生から明治、大正、昭和までの歴史が、当時の写真と共にパネルで掲示されていました。昭和31年(1956年)阿寒湖畔にマリモ校舎ができる。昭和41年(1966年)マリモ国道の舗装が完成する。昭和53年(1978年)マリモ幼稚園がはじまる。何でもマリモを冠すれば良い訳じゃないと思うんです。

剥製のコーナー

 阿寒町に生息している(していた)動物の剥製が展示されていました。
 元は昭和49年(1974年)に建てられた阿寒湖水族資料館で展示されていたそうで、その水族資料館が閉館するに当たり本施設で改めて展示される事になったそうです。
 現在では阿寒湖近辺には釧路市阿寒町マリモ展示観察センターと釧路市阿寒町阿寒湖畔エコミュージアムセンターがありますが、それらが水族資料館の代わりになっているのでしょうね。

教育資料のコーナー

 ここはで阿寒町での教育関連の展示がされていました。因みに、阿寒町では明治34年(1901年)に簡易教育所(明治39年に尋常小学校となる)が設置されたそうです。
 写真パネルは阿寒町の小中高学校が写されており、雄別炭鉱の閉山と共に閉校となった学校が多数ありました。尚、雄別小学校、雄別中学校、布伏内(ふぶしない)小学校、布伏内中学校については、釧路市阿寒町雄別炭礦歴史資料室で詳しく展示されています。

 収蔵資料部屋がありまして、そこに古い時代の教科書が大量に納められているロッカーがありました。大正2年(1913年)とか昭和2年(1927年)の戦前の頃の紙資料がよくもまぁ綺麗な状態で残されていたものだと思います(探せばもっと古いのがあるかも)。大変な手間ですけどpdfとかでデジタル化してウェブで公開されると喜ぶ方々もいらっしゃるのでは。
 余談ながら、職員さんが表紙が写る様にその場で調整してくれました。何て話の解る職員さんなんだ・・・!

阿寒クラフト民工芸の歩みのコーナー

 先にも林業が盛んとの展示がありましたが、本施設は元々は木工に関する施設だったとの事で(木彫品開発センター)、確かに各部屋のプレートに「塗装室」とかの名残がありました。そんな林業が盛んな土地ですので、木工製品も有名です。特に阿寒湖畔では木彫りの民芸品店が多いですよね。そんな訳で、このコーナーでは木工品が多数展示されていました。
 入口に佇む二体の立像ですが、木彫り作家として有名な藤戸さんの作品になり、一本の木から掘り出した大作です。大きく動いている様な躍動感は無いんですけど、何故か生命力を感じるんですよね。不思議。

 木彫りの熊だけではなく、初めて見る様な木工製品が多く展示されてました。

 これは十二支を象った木製の葉書で、切手を貼って普通に郵便として出せるそうです。出せるんだ・・・。

「釧路市・阿寒町郷土資料収蔵室」のまとめ

  • 阿寒町の郷土資料はここにしかない。
  • 炭鉱関連の展示が少なかったけど周囲の施設がカバーしている。
  • そう言えばマリモの展示が無かった。

 近隣の小学生による手作りの年表が展示されていました。
 上から年代、その年代の道具類、生活の様子、釧路の主な出来事になっており、本施設等で学んだと思われる内容が見易く纏められていました。見習わないとね。

 釧路にスタバが出来る。見習わないとね。

次回のお知らせ

 次回はこちらをご案内致します。

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