【函館市】市立函館博物館郷土資料館(旧金森洋物店)(No.094)

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 色々と更新のペースが遅くなっている為、施設の情報とか施設の概要のみご案内している場合があります。詳しくはお知らせをご覧下さい。

 博物館とか資料館とか記念館とか巡りが大好きな中の人がお送りする、地元北海道内の博物館とか行ったメモ。
 第九十四回目は「函館(はこだて)市市立函館博物館郷土資料館(旧金森洋物店)」です。


 函館観光と言えば金森(かねもり)倉庫が必ずと言って良い程にスケジュールに組み込まれていると思いますが、本施設は惜しまれつつも閉館した「金森森屋百貨店(後の棒二森屋)」の前身である「金森森屋洋物店」をリニューアルしつつ市立函館博物館の分館みたいな感じで、建設当時のハイカラな資料を中心とした展示がされています。
 あと、この際なので書いておきますが、函館の観光だけでも最低で2日は必要になりますよ。五稜郭を見てラッピ(ラッキーピエロ)でハンバーガーを食べてトラピスチヌ修道院とか旧函館区公会堂とか旧イギリス領事館とか見学して函館山に登って夜景を見て1日。朝市で海鮮丼を食べてはこだて明治館とか金森赤レンガ倉庫とかはこだてビールでショッピングしてハセスト(ハセガワストア)で焼き鳥弁当を食べて世界遺産の大船遺跡を見てまた函館山に登って今度は裏夜景を見て湯の川温泉に入って1日。なので2泊3日で札幌→函館→帯広観光したいとか、あまり北海道を舐めないで頂きたい。大体にして函館市内だけでも函館市北洋資料館、函館市北方民族資料館函館市青函連絡船記念館摩周丸、函館市市立函館博物館、函館市北方教育資料館、函館市北海道大学総合博物館分館水産科学館、函館市カール・レイモン歴史展示館、函館市哀愁テーマパーク「土方・啄木浪漫舘」、函館市縄文文化交流センター等々、2日あっても全ては観覧出来ない位に充実しているんです(個人の感想です)。
 まぁ、北海道への観光旅行は各地域で2泊3日程度が必要とお考え頂ければ良いでしょう。

施設情報

施設名:【函館市】市立函館博物館郷土資料館(旧金森洋物店)
場所:〒040-0053 北海道函館市末広町19−15
URL:https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2015121000073/
休館日:月曜日・最終金曜日・祝日他
開館時間:9:00~16:30(11月~3月は16:00)
料金:100円
必要見学時間:40分
観覧年:2020年

施設概略

  • 冒頭にも書きましたが建設当時のハイカラな時代を中心とした展示がされています。
  • 建物自体が北海道指定有形文化財に登録されており、当時の洋風建築に興味があれば更に楽しめます。

 撮影許可を頂いたので館内でバシバシ撮影しつつじっくり観覧していたら、職員さんに「熱心ですね。お仕事ですか?」と訊かれる事案が発生しました。展示の規模によって撮影枚数は異なりますが中の人は1施設につき概ね100~400枚程度(札幌市北海道博物館に至っては1,800枚)で舐める様に撮影しておりますので、そりゃそう思われても仕方が無いですよね。特に仕事の合間の観覧が多いので殆どスーツ姿ですし。
 でもね、こう見えて趣味なんです。仕事より熱心なんです。ふひひwサーセンww

1F・展示室

 建物外観は洋風スタイルですが、内部の構造は土間があって商売をするスペースがあって江戸時代の商家の構造になってました。因みに、建物自体の説明は2Fでされておりますので、そちらに関しては後程。
 写真の中央にある箱はスイス製のシリンダータイプのオルゴールで、内部には踊り子と音楽隊の人形が収められておりそれらは音楽に合わせて動くそうです。又、館内ではオルゴールの音色の曲が流れておりましたが、それらはこのオルゴールで演奏された曲を録音して流しているとの事でした。

 この旧金森洋物店は、山下熊蔵(後に渡邊家の養子になって渡邊熊四郎と名を改める)氏が文久3年(1863年)に長崎から函館に移り、明治2年(1869年)に現在地から少し離れた函館市大町に洋物店を開業したのが始まりで、そこから様々な専門店を相次いで出店したそうです(初代・渡邊熊四郎氏は北海道初の時計店も開業したんですって)。その後、明治12年(1879年)の大火によって各店舗が消失したの受け、翌年にはレンガを使用した洋風で難燃性の店舗を建て、これが現在の旧金森洋物店になるそうです。

 函館市は沿岸なので海風が吹き、それによって火が煽られて大火に繋がる事が多いみたいです。函館の大火史によると満遍なく火事に見舞われており、文化3年(1806年)から明治2年(1869年)までの期間は火事の記録が残されていないそうですが、その当時は一々記録なんてしていないでしょうけど火事は多々あったと思います。それか記録すら燃える火事だったのか。
 でも店舗の奥には耐火性の小型の蔵があるので、これで大火が多い日でも安心。実際、明治40年(1907年)の大火の際には周囲の建物が燃えても旧金森洋物店だけは無事だったそうです。

 受付横では小物雑貨も売られていました。洋物店なので。

2F・展示室

 奥の階段で2Fへ。展示室の中央には金森洋物店を中心とした、明治時代の和洋折衷感が再現されていました。

 天井から釣られている荷物がありまして、その床の一部が格子状になっていました。これは1Fから2Fに荷物を引き上げる為の切り欠きで、当時は2Fが在庫置き場になっていたのでしょうね。

 1Fから天井を見上げるとこんな感じです。撮影していたら職員さんもきょとんとしてました。そりゃそうだ。そんな事してるから仕事だと勘違いされるんですね。納得。

 これ、ステンドグラスなんですって。奥の右側から聖ヨハネ教会、ハリストス正教会、旧函館区公会堂、手前の右側から地域交流まちづくりセンター、金森洋物店、臨海研究所との事。少し離れた場所には箱館奉行所もありました。実際の建物の特徴が見事に表れており、内部に電球が仕込まれているので周りが暗くなると綺麗なんでしょうね。

 ステンドグラスに気を取られていましたが、本施設はレンガ造りに漆喰仕上げで耐火性を高めているそうで、窓を見ると4層構造になってました。

 先にも書きましたが本施設は明治13年(1880年)に建てられた物件です。老朽化が進んだので平成10年(1998年)から改修工事が行われたそうで、その説明がされていました。

 屋根部分のカットモデルです。大きく5層構造になっており、ベースの上に土を盛り、その上にレンガを乗せて、更にその上に土を盛り、瓦を敷いて完成となります。これだけしておけば火事に遭っても燃え難いですよね。ただ、重量がやばそうですが・・・。実は2Fには中間の柱が無いんですよね。鉄骨で補強はされていましたけど、当時から柱が無かったのかどうなのか。


 解り易く壁のレンガが見える様になっていました。このレンガは地元の官営レンガ工場で生産されたそうで、レンガに刻印がされていました。尚、レンガに関しては江別市セラミックアートセンター「れんが資料展示室」が詳しいです。レンガ好きには堪らない資料館になっていますので、お時間のあるレンガ好きな方は是非。そんなコアな人が居るか不明ですけど。

 ここら辺は同年代の建物が紹介されていました。パネルの写真は北海道遺産に選定されている西部地区の明治21年(1888年)頃の様子で、八幡坂が中心になる様なアングルになってました。勿論、金森洋物店も写ってます。

 旧函館区公会堂で使われていた九谷焼や淡路焼、栗田焼のティーセット類が展示されていました。現在でも通用するオシャレな形状とデザインは流石ですよね。

 函館はアメリカの捕鯨漁の為として日米和親条約で開港させられたのもあり、日本国内でも早くから欧米化が進んだ地域でもあります。函館は古くから本州との繋がりがあり、北海道としては比較的に新しい文化に触れる機会が多い地域だったのか、ハイカラな文化もすぐに取り入れられたみたいですね。

 アイスクリーム製造機ですって。使い方は書いてませんでしたが、鉄製の容器に材料を入れた状態にして、周囲に氷を敷き詰めてグルグル回転させて使用すると思います。ハイカラ。
 因みに、このアイスクリーム製造機の隣のタイプライターはロシア語のタイプライターでした。
 (※参考動画)

 金森洋物店を起こした初代・渡邊熊四郎氏(二代目は義弟が継いだ)は、明治25年(1892年)3月から翌年の1月までアメリカやヨーロッパ各地への海外旅行に出掛けられたそうです。
 その際のお土産としてなのか商品としてなのかは不明ですが、洋食器や椅子が展示されていました。

 そしてこの椅子、オルゴール内蔵なんですって。何処に仕込まれているのかなーと思ったら座板部分が怪しかったです。座ると内部に仕込まれた小型のシリンダータイプかディスクタイプのオルゴールが作動するそうで、これらを総称してミュージカルチェアと呼ぶそうです。座板が少し浮いてますけどこれがスイッチなのでしょうかね。
 あと、出来れば内部も見たかったので、開いた状態の写真を展示して頂けると嬉しいです。

 本施設の入口には当時の看板が再現されておりましたが、ここに謎の「雞肉(とりにく)ケレー」なる文字が。
 こちらに関しては1F展示室のパネルにこの解説がされておりまして、ケレーとはオランダ語で「ジャムのように煮込んでどろどろになっているという意味」との事でした。その原材料は鶏肉とか牛肉だったそうで、ケレー酒はこれをお酒で割るんですかね・・・。ただ、効能も書かれておりましたがどうやら万能薬っぽくて嗜好品ではなく滋養強壮として用いられたそうですので、養命酒みたいな扱いなのでしょうか。パネルには幕府陸軍軍医の松本良順氏の名前とイラストが掲載されておりましたので、当時としてはきちんとした商品だったのでしょうね。
 余談ですが、松本良順氏の父親は佐藤泰然氏で、現在の順天堂大学の基礎となった佐倉順天堂(現在の大学病院みたいな感じで臨床と教育を行っていたそうです)を開いた医師です。佐藤泰然氏の弟子に関寛斎氏がおりまして、この方に関しては陸別町関寛斎資料館でどうぞ。

「函館市・市立函館博物館郷土資料館(旧金森洋物店)」のまとめ

  • 渡邊熊四郎氏や金森洋物店について展示・解説されている。
  • 明治時代のモダンでハイカラな文化を中心とした展示がされている。
  • ケレー(酒)は怖くて口に出来ない。

次回のお知らせ

 次回はこちらをご案内致します。

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