【函館市】北方民族資料館(No.061)

※このページは約29分で読めるかも知れません。

 色々と更新のペースが遅くなっている為、施設の情報とか施設の概要のみご案内している場合があります。詳しくはお知らせをご覧下さい。

 博物館とか資料館とか記念館とか巡りが大好きな中の人がお送りする、地元北海道内の博物館とか行ったメモ。
 第六十一回目は「函館(はこだて)市北方民族資料館」です。

 事情通から「道南方面のレビューが少ないよね」とか言われたんですけど、別に観覧していない訳ではなく徐々に何処かのタイミングで登場します。とは言え、函館市内には歴史に関する様々な施設や碑、観光名所がありますが中の人は偏っており観覧する場所は40施設程度と他の地域に比べて件数が少ないので、どうしても道南方面の弾幕は薄くなります。ご了承下さい。

施設情報

施設名:【函館市】北方民族資料館
場所:〒040-0053 北海道函館市末広町21−7
URL:http://www.zaidan-hakodate.com/hoppominzoku/
休館日:原則年中無休(年末年始・資料整理日は除く)
開館時間:9:00~19:00(冬季は17:00まで)
料金:300円
必要見学時間:60分
駐車場:無し(近くの有料駐車場を利用)

施設概略

 名称の通り北方民族に特化した資料館で、日本のアイヌ民族だけではなく世界の北方民族についても解説されています。でも、残念ながら北海道民についての解説はありませんでした。

  • 1Fは衣類・装飾品が展示されています。
  • 2Fは宗教、生活、資料関連が展示されています。

 料金表に「2館共通券」「3館共通券」とありますが、これは本施設の近くにある「函館市文学館」と「函館市旧イギリス領事館」がお求め安いお値打ち価格で観覧出来る共通チケットです。お得だね!

 本施設は大正15年(1926年)に日本銀行函館支店として建造されたそうで、館内各所に当時の面影が残されています。又、資料館館長による解説もありますので北方民族資料だけではなく、建物の解説を見るのもお忘れなく。

1F・展示ホール

 入ってすぐは吹き抜けのホールで、2Fの展示室4から展示室5に続く廊下からホールを見下ろせます。

 アイヌ文化の伝承に登場するコロポックルと呼ばれる妖精(?)です。原則、姿形は見えないそうなんですが蕗の下に居る位に小さいらしいです。見えない筈なのにサイズは判るんですね・・・とか、もう良い年した大人だからそんな事は言わない。

 これは幕末の頃の絵師であった平沢屏山(ひらさわびょうざん)が、実際にアイヌ民族と共に生活して描き上げた「アイヌ風俗12ヶ月屏風」と言う絵画で、1月から12月までのアイヌ文化のイベントが表されていました。
 原本は函館市市立函館博物館に所蔵されており本施設で展示されているのは複製画となりますが、かなり大きくて圧巻です。又、それぞれの月の解説も詳しく書かれていますので、どの様なシーンを描いた絵なのかも解ります。


 ※函館市立函館博物館デジタルアーカイブでも閲覧が可能です。

 ※参考動画

 この3人乗りカヌーみたいなのは、ベーリング海に浮かんだアリューシャン列島に住むアリュート民族が使用した「バイダルカ」と言う船で、これに乗って漁をしたり交易をしていたそうです。通常は1人乗りらしいのですが、ケースバイケースで2人乗り、3人乗りと使い分けられていたみたいです。

 構造は木の骨組みに動物の皮を貼り付けられているそうです。ここに長時間も乗っていたらエコノミークラス症候群になりそうな・・・。

 我らが松浦武四郎氏が作成した地図です。左は「東西蝦夷山川地理取調図」と呼ばれる26枚の詳細な図を繋げたもので、横3.6m、縦2.4mと巨大です。
 右は「北海道国群図」と呼ばれる、シベリア側を下(北を下)にした現代の地図で見慣れていると何とも言えない図です。でもすげー詳細です。
 あと、このコーナーでは資料館館長から北海道の難読地名クイズが出題されていました。1.神居古潭、2.大楽毛、3.椴法華、4.留辺蕊、5.温根沼、6.輪厚、7.占冠、8.国縫、9.厚沢部、10.倶知安、11.和寒、12.音威子府、13.厚岸、14.標茶、15.足寄。正解は自分で調べて!

1F・展示室1

 ここからメインの展示室になります。この展示室1では「装いの美学」と題して、衣服や装飾品が展示されていました。

 北方民族の分布図です。主な生業が色分けされていますが、似た様な地域なのに微妙に変わるんですね。
 あと、お札みたいなのが随所に貼られていますが、これはその地域に暮らす北方民族のイラストと名称です。

 こんな感じ。北方民族カードとか作れば面白いのにね。

 右側は展示ホールにも登場した、アリュート民族による狩猟時の制服です。毛皮製の頭巾には目と耳が取り付けられており、動物に偽装して獲物に近付いていたみたいです。コスプレです。
 左側はオホーツク海沿岸で暮らすエベン族のエプロンと帽子です。ベースにはトナカイの皮を使い、随所にガラス製の色付きビーズが配されていました。お洒落さん。

 展示品は勿論ですが、前述の通り建物にも注目されたし。照明とか当時の物なんですかね。

 アイヌ民族の装身具です。手前の首飾りは「タマサイ」と呼ばれ、儀式の際に女性が身に付けていたそうです。

 こちらは「レクトゥンペ」と呼ばれる首飾りの一種で、現代のチョーカーに近い形状をしています。

 ワンポイントも緻密。いつの時代に作られたのかは判りませんけど、古いんだったら彫金なんですかね。

 「ニンカリ」と呼ばれる真鍮製のピアスです。元来は性別問わずに儀式の際に装着されていたそうですが、明治に入ってから開拓使により女性のみの使用にする様に余計な通達が出されてしまったそうです。己の価値観で文化を潰しちゃいかんよ。

 奥の一面はアイヌの衣類が展示されていました。基本的にアイヌ文化では動植物の皮、草を使った衣類となりますが、交易によって入手した衣類もあり、それらは特に晴れ着として珍重されたそうです。

 これは山丹(さんたん)人との交易でゲットした綺麗な刺繍が施された絹製の服で、元々は当時の中国の官服との事です。「山丹人との交易=山丹交易」となり、その際にゲットした服なので「山丹服」と呼ばれたそうです。
 しかし、多くの山丹服は松前藩との交易を通じて流出し、更に松前藩はこの山丹服を「蝦夷錦(えぞにしき)」と改称して幕府に献上したそうです。大した産業や商業が無く収益の確保が難しい松前藩(※)はアイヌに対して山丹交易の催促を行った結果、アイヌ側に無理な交易が続いて山丹人への負債が累積して後に問題となったそうです。
 因みに、先に登場したタマサイ(首飾り)に使用されているガラス等も山丹交易でゲットされたそうです。

※松前藩については別海町加賀家文書館別海町加賀家文書館#加賀家の職務についてご覧下さい。

 こちらの山丹服は、第百十三国立銀行の頭取だった三代目杉浦嘉七(すぎうら・かしち)氏より寄贈されたそうです。

 展示ケースの下側には鏡が設置されており、裏側もきちんと見られる様になっています。こんな事を言うのもアレなんですけど、普通に縦に吊るした展示の方が見易い様な・・・。、

 樹皮の繊維から作られた「アットゥシ」と呼ばれる服です。防空頭巾みたいなのは「コンチ」と呼ばれる防寒具で、こちらも樹皮から作られているそうです(脚絆も同様)。
 脚絆で思い出しましたが、工場内をいつも通りぼーっと歩いていたら一人では動かせないやばい重量の熱交換器に脛を痛打していまい悶絶しましたが、脚絆があれば流血しないで済んだよなーと思った次第です(個人の感想です・痛いものは痛いです)。

 衣類等に施される装飾です。装飾には魔除けの意味があるとか、特に意味は無いとか諸説あるらしいです。特に意味が無い訳ないでしょうよ・・・。

 意味には地域差があるらしいですが、代表的なアイヌ文様の形と意味が解説されていました。

 こちらはカムチャッカ半島に住むイテリメン族の服でした。これらは動物の皮で作られており、右側は夏服で左側は冬服なんですって。まぁ、夏でも寒い地域ですしね・・・。

 サハリンに住むウィルタ族のお財布(中央)と煙草入れ(両隣)との事です。お財布の刺繍がアイヌ文様に似ているんですけど、位置的に近いので双方で文化交流があったのでしょうかね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

two × two =