施設情報
場所:〒043-1113 北海道檜山郡厚沢部町新町234−1
URL:https://www.town.assabu.lg.jp/site/kyoiku/1234.html
休館日:月曜日・国民の休日他
開館時間:9:00~17:00(土・日曜日に限り12:00~13:00は昼休憩で一時閉館)
料金:160円
必要見学時間:40分(映像展示を観覧する場合には+25分)
施設概略
- 大きく8つのブロックに分けて、厚沢部町の先史時代から現在までが展示されています。
- 必要であれば学芸員の方による解説を受けられます。
エントランスホール
本当は音が流れると雰囲気が掴み易いんですけど、図書館と繋がるホールなので迷惑ですもんね。でも、そんなアナタに朗報↓です。
展示室
自然
因みに、ここでは特に解説はありませんでした。えー・・・せめて簡単な解説が欲しかった・・・。そんな訳で、中の人がざっくりご案内。
厚沢部町は面積の約79%を山林が占めているそうで、南西部にある「土橋自然観察教育林」では約560種類の植物が見られるとの事です。後で林業のコーナーでも触れるかも知れませんが、良質な木材を切り出す為に本州から杣人(そまびと=林業従事者)が渡って来たとの事で、そこから農業も始まって現在に至るそうです。
余談ですが、土橋自然観察教育林には推定樹齢200~300年を超えるヒノキアスナロと呼ばれる巨木が生えているそうで、中でも推定樹齢500年の巨木は「ヒバ爺さん」と呼ばれて厚沢部町の文化財になっているそうです。樹木にも性別があるのは知ってましたが、ヒバは男性なんですね・・・。
先史時代
尚、手前の方は火を起こしている最中との事でした。・・・ライター要る?
左側は鶉(うずら)ダムの建設工事中に発見された「稲倉石岩陰遺跡(いなくらいしいわかげいせき)」から発見された動物の骨(キツネ・シカ・カワウソ・タヌキ・クマ・イノシシ)との事です。1,000年近くに渡って生活していた痕跡があったそうで、随分と居心地が良かったのですね・・・。何でも低温多湿の天然の冷蔵庫みたいな環境との事で、通常では土に還り易い骨や木の実がそのまま保存されていたそうです。
中央と右側は各遺跡から発掘された石器・土器の一部です。中央の一際目立つ土器は縄文時代後期頃の「双口土器」と呼ばれる土器との事ですが、何で二つも注ぎ口があるんですかね。つい出来心で・・・とかそう言う訳ではないと思いたいのですが、まぁ何か理由があるのでしょう。プールの授業後に似た様な構造の蛇口で洗眼する事がありましたが、まさか・・・。
それか、注ぎ口の淵に墨を塗っておいて「ちょっとこれ覗いてみて」「ぷふー目の周りが黒いでやんの!」とか、そんな事は恐らくこの時代ではやらないと思います。
箱館戦争
そもそも戊辰戦争とはざっくり言うと明治政府軍と旧幕府軍との覇権争いの総称であり、鳥羽・伏見の戦いから始まり明治政府軍に押されて旧幕府軍が北上し、それに伴い戦地も北上して最後は北海道の箱館で終わりを迎える一連の戦争です。
この城門は厚沢部町の「館(たて)」と呼ばれた地域に松前藩によって築城された「館城(たてじょう)」と呼ばれる城の門かも知れませんが、説明が無かったので詳しくは判りません。因みに、読み方は「たて」であって「たち」ではありません。
この館城は明治元年(1868年)8月に築城の準備が進められて、9月1日から着工されて10月25日頃に完成したそうです。約55日・・・。準備期間が1ヶ月程度でこの規模の築城が可能なんですね・・・。
本来は松前城が松前藩の本拠地だったのですが、戊辰戦争が北上する可能性が極めて高く松前城では防御が難しい事の理由等から厚沢部の館に新たに築城されたのがこの館城です。三方を川に、残る一方を山に囲まれた天然の要害を活かした構造になっており、城の周囲を空堀で囲んでこれを「百間堀」と呼ぶそうです。曲輪(くるわ)があって石垣があって天守閣があって~等の一般的な城と異なり簡略化されていますが、大人なら察して。でも、この城は日本最後に築城された和式城郭との事なので貴重なのは変わりません。
この館城は松前城に続いて旧幕府軍によって陥落・焼失してしまいましたが、現在は国の指定史跡になっているそうです。
因みに、展示ケースには陣笠の他に杯や刀が展示されています。
以前に別海町加賀家文書館でもちらっと書きましたが、これで別海(べっかい)町にどうして会津藩士のお墓があったのかが解りますね。
因みに、館城は11月25日に陥落したとの事ですので、築城から僅か1ヶ月で焼失した事になります。火災保険とかあれば良かったのにね(´·ω·`)
余談ながら、例年では春先に「館城跡まつり」が開催されているとの事で、エントランスホールにも展示されていた鹿子舞(ししまい)も披露されるそうです。詳しくは世界一素敵な過疎のまち・あっさぶ(https://www.sutekinakaso.com/)をご覧下さい。過疎のまち・・・(´;ω;`)
でも、それを逆手に取って「ちょっと暮らし」と呼ばれる移住体験事業を行っており、特にその住まいはモダンで斬新なデザインが多く、水道光熱費込みの12万円で1ヶ月間も一軒家を借りられるとの事です。勿論、この「ちょっと暮らし」は厚沢部町だけではなく北海道全域の各地域で取り組まれているそうで、詳しくは北海道で暮らそう(https://www.kuraso-hokkaido.jp/experience/shortstay.html)をご覧下さい。
北海道は札幌市への一極集中となりつつありますので、道内各地に分散した方が良いのです。そうしないと過疎化が進んだ地域はそこに住んでいる方々の生活にも影響しますし、札幌も混雑しますし。個人的には「札幌はちょっと田舎」位が丁度良いと思っています。
開拓・林業のあゆみ
説明によると比較的に湿度が低く気温も極端に暑かったり寒かったりせず、四季がはっきりしているそうです。又、樹木の北限と南限が混在しているらしく、前述の「土橋自然観察教育林」は「日本の遊歩百選」に選ばれたそうです。因みに日本百選・都道府県別データベース/日本の遊歩百選(http://j100s.com/yuuho.html)では他の地域もご覧になれます。
安政5年(1858年)には江差の豪商であった鈴鹿甚右衛門氏の自費により、厚沢部町と旧・大野町(現在の北斗市の一部)を通す鶉(うずら)山道が開発されたそうです。余談ながら、旧・大野町の役場は現在では北斗市総合分庁舎となっており、そこには北斗市郷土資料館があります。
時代が明治17年(1884年)頃になると本格的な開拓の為の入植が始まったそうで、愛媛県の山田致人(むねと)氏が現在の厚沢部町字富里において西洋式農業を導入したり病院や学校の普及に尽力されたのを皮切りとして、その後は団体や個人の入植・開拓が各地で行われたそうです。
ところでヒバって漢字で「檜葉」と書くそうですが、ここら一帯は昔から檜山(ひのきやま)と呼ばれていたそうで、そこから現在の檜山(ひやま)地方に繋がるのですね・・・。知らんかった。
くらしのあゆみ
この頃になると順調に入植される方々が増えて同時に開拓も行われ、ジャガイモの種類の1つである「メークイン」はここ厚沢部が発祥の地なんですって(碑もJA厚沢部の敷地内にあるそうです)。ただ、大半が関西方面に出荷されるとの事ですので、関西でおでんのジャガイモを食べる際には厚沢部を思い出してみて下さい。まぁ、全部が全部、厚沢部産ではないとは思いますがその確立は高いです。
又、夏の町内のイベントではメークインをふんだんに使った2mを超える巨大コロッケ作りとかあるそうです。2mのコロッケ・・・敷布団かな?
以前、何気なくペットショップに入った際にメインクーンを指してメークインとか口走った経験がありますので注意が必要です。あっちはふっさふさ。こっちはほっこほこ。
それと、地味に厚沢部では稲作も行われており、安政時代から徐々に田の開墾が行われて明治時代に入ると更に品種改良も行われて「ななつぼし」「ふっくりんこ」が生産されているそうです。尚、北海道で生産されているお米に関しては北海道米LOVE(https://www.hokkaido-kome.gr.jp/)をご覧下さい。
消防・交通・通信
因みに、手前の消火用ポンプの銘板には「市原喞筒(そくとう)諸機械製作所」と刻印されており、このモデルは全国各地で導入されていたみたいです。
明治10年(1877年)には既に郵便局が設置されていたらしく、明治24年(1891年)には公衆電話も設置され、昭和9年(1934年)には普通の電話線が開通したとの事です。余談ながら、北海道で最初に電話が開通したのは明治13年(1880年)との事です。詳しくは三笠市三笠鉄道記念館の何処かにクイズ形式で展示されていますので各自でお探し下さい。
商業・学校教育のあゆみ
現在の厚沢部町の主な産業は農業と林業で、道の駅「あっさぶ」では地元で採れた農産物の加工品等が販売されているそうです。厚沢部町を内包する檜山管内には全部で7つの町があり、木材の生産量は今金(いまかね)町に続いて2番目に多いそうです。後、地味に温泉とかも普通にあったりします。
現在は少子化等の影響もあって学校の数も減少してますが、公営の塾とか3つの保育所を統合した認定こども園ですとか、今でも教育に注力されているそうです。
現在と未来(映像展示)
「厚沢部町・郷土資料館」のまとめ
- 厚沢部町のほぼ全てが判る。詳しくは厚沢部町・町勢要覧を。ここに厚沢部の全てが・・・。
- 箱館戦争のコーナーは必見。
- 個人的にはメークインにもっとスポットを当てて欲しかった。
第五十六回目は「厚沢部(あっさぶ)町郷土資料館」です。
は? 「あっさぶ」と読めない? でも道民は「あっさぶ」なんです。慣れて下さい。